コンサルタントW氏は、岡本に「協力してほしい」ではなく「一緒に考えてほしい」と相談する姿勢の重要性を説いた。翌日、岡本は水原課長に「どんな条件がそろえば可能でしょうか」と持ちかける。水原の表情がふと変わった。断るための沈黙ではなく、考えるための沈黙だった。
岡本 義郎(おかもと・よしろう/30歳)
新栄エンジニアリング営業部所属。入社7年目
水原 武史(みずはら・たけし/35歳)
同社技術部の課長。岡本の5年先輩
山本 沙織(やまもと・さおり/30歳)
同社の施工管理グループリーダー。岡本の同期
W氏
部門間連携を得意とする社外のコンサルタント
【転の章】一緒に考える立場になってもらうには
数日後、岡本義郎はコンサルタントのW氏と向かい合っていた。
ひと通り経緯を説明すると、W氏は静かに尋ねた。
「岡本さんは、この案件を受注したい理由をどう考えていますか」
「営業として成果を上げたいからです。それに、菱光冷熱工業との関係を強化できれば、今後の受注にもつながるでしょう」
W氏はうなずいた。
「では、水原課長は、なぜOKしなかったのでしょうか」
「人手不足だからです。施工管理も設計も手いっぱいで、このまま受注すると品質や納期に影響が出る、と」
「なるほど」
W氏はメモ用紙を一枚取り出し、中央に一本の線を引いた。
左に「営業」、右に「技術」と書く。
「営業は受注が使命です。技術は品質と安全を守ることが使命です。役割が違う以上、判断が違うのは当然です」
さらに線の上に、大きく一つの円を書いた。
「でも、目的は同じですよね」
円の中央には、
【会社の信頼を守り、お客様に価値を提供する】
と書かれた。
「営業も技術も、この目的のために働いています。違うのは、そこへ至る役割だけです」
岡本は黙って図を見つめた。
これまで営業と技術は、相反する存在のように感じていた。
しかし、同じ目的に向かっていると考えると、見え方が少し変わる。
W氏は続けた。
「岡本さん、水原課長に何と言ってお願いしましたか?」
「『ぜひ協力してください』と……」
「それでは、水原課長には『仕事を増やしてください』と聞こえるのではないですか?」
岡本は思わず苦笑した。
確かに、その通りだった。
「では、何と言えばよかったのでしょう」
「相談するんですよ」
「相談?」
「ええ。例えば、『もし受注するとしたら、どんな条件がそろえば可能でしょうか』と聞いてみる。そうすると、水原課長は反対する立場ではなく、一緒に考える立場になります」
虚を突かれる思いだった。
「協力してほしい」と丁寧にお願いしたつもりだったが、相手はどう受け止めたか。
YESかNOかを返さなければならない。
現状ではNOとしか言いようがない。
自分の言い方は、それを迫るものだった。
岡本はメモを取りながら何度もうなずいた。
「岡本さんが望んでいるのは、技術部門を巻き込むことですよね」
「そうです」
「巻き込みとは、相手を説得することではありません。相手が持っている知恵や経験を借りながら、一緒に解決策を考えることなんです」
岡本は唸った。
そうだ。
営業も技術も、同じ会社の仲間じゃないか。
なのに「お願いします」というのはおかしいだろう。
では、どうすればいいか。
岡本の気持ちは固まっていた。
その翌日。
岡本は再び技術部を訪れた。
「水原課長、少しご相談があります」
前回とは違う切り出し方だった。
水原は顔を上げた。
「例の件か?無理なものは無理だぞ」
「はい。この案件、受注したい気持ちは変わりません。でも、無理にお願いするつもりはありません」
岡本は続けた。
「もし受注するとしたら、どんな条件がそろえば可能でしょうか。一緒に考えていただけませんか?」
「一緒に?」
水原は意外そうな表情を浮かべた。
しばらく黙って依頼書を見つめる。
やがて、ゆっくり口を開いた。
「そうだな……」
しばしの沈黙。
だが、感触は前回とはまったく違う。
断るためではない。
考えるための沈黙だと感じた。
「施工管理を一人確保できれば、可能性はある。それと、設計業務の一部を前倒しできれば、現場の負担もかなり減らすことができそうだ」
岡本は身を乗り出した。
「わかりました。では、菱光冷熱さんに工期や工程を相談してみます」
水原は小さく笑った。
「誰かに入れ知恵されたか?沙織か?条件が整うなら、こっちも協力したいんだ。同じ会社なんだからな」
そういうことだったのか。交渉とか懇願とか泣き落としとか、そんなことじゃなかった。一緒に考える。考えてもらう。そういうことだった。
営業と技術。
これまで平行線だった二人の視線が、初めて同じ方向を向いた瞬間だった。
監修=渡邊篤史
執筆=間杉俊彦

