「面」で働きかけても導入数が伸びず、焦る沢井たち。
そこへ加盟店から個別の問い合わせが届き始める。
それは「導入するか、しないか」ではなく「どうすれば導入できるか」という問いだった。
沢井たちは「面」の施策を続けながら、上がってきた「点」の声に徹底的に応える方針へと切り替えた。
沢井 明夫(さわい・あきお・35歳)
大手外食企業フレッシュディッシュ店舗支援チーム。新システム導入の担当者
宮川 早苗(みやがわ・さなえ・28歳)
チームの後輩。入社6年目。物事を多面的に考える
竹中 浩二(たけなか・こうじ・40歳)
チームの先輩。チームに落ち着きと安定感をもたらす
【結の章】 400店舗が動き出す
加盟店同士で情報が伝わり始めていた
新システムの導入プロジェクトを始めて、二ヶ月が過ぎた。
沢井のパソコンには、その日も数字が上がってきていた。
勉強会の開催回数。参加人数。案内メールの開封数。動画の視聴回数。そして、新システムを導入した店舗数。
最初のころとは、数字の動き方が違っていた。
一店舗増え、また一店舗増える。
そんな増え方ではない。
「沢井さん」
宮川が画面をのぞき込んだ。
「これ、もう行けるんじゃないですか?」
沢井も同じことを考えていた。
もちろん、まだ導入していない店舗はある。個別の事情を抱えている店もあるし、最後まで慎重なオーナーもいる。
それでも、三ヶ月という期限までに何をすればいいのか、もう見えている。
残っている店舗がわかる。その店舗がどこまで情報に接しているかもわかる。勉強会に参加したのか。動画を見たのか。どんな不安を抱えているのか。
そして、個別に声を上げてきた店舗には、チームの誰かがすでに接触している。
「メドが立ったな」
沢井が言った。
「はい」
宮川が笑った。
三ヶ月前、上司から「全店導入」と言われたときには、400という数字が途方もなく大きく見えた。いま、その400店舗が一つの地図の上でつながって見え始めていた。
空気が変わった。
変化は、数字だけではなかった。
「隣の店は、もう使ってるらしいよ」
「○○店では、発注作業がかなり楽になったって」
「うちも、そろそろ入れたほうがいいんじゃないか」
そんな声が、加盟店のあいだから聞こえてくるようになった。
沢井たちが説明しているわけではない。加盟店同士で情報が伝わり始めているのだ。
導入する店が増え、「問い」そのものが変わった
新しい仕組みを導入するとき、最初の一歩は重い。
本当に便利なのか。
現場は混乱しないのか。
自分の店だけが先に導入して、損をすることはないのか。
しかし、導入する店が増えてくると、問いそのものが変わる。
「なぜ導入するのか」から、「いつ導入するのか」へ。
沢井は、最初に眺めていた店舗マップをもう一度開いた。
あのとき、そこに見えていたのは400の「点」だった。一店舗ずつ説得していたのでは間に合わない。だから、「面」で働きかけた。
エリアごとの勉強会を開いた。動画を作った。メールを送った。そして、それを「やった」で終わらせず、参加人数や開封数、視聴回数まで数字で追い続けた。
すると、その「面」の中から、
「うちの場合は――」
という声が上がってきた。

そこでは再び「点」に戻り、一店舗ずつ向き合った。
点から面へ。
面から点へ。
そして、点が増えていくことで、最後には面そのものが動き始めた。
「クリティカルマス」という概念がある。商品やサービスが市場や組織で一気に広く普及・浸透していくための重要な分岐点(臨界点)のことだ。全体の約半数を超えた時点で空気は大きく変わる。
この新システムも、少数派だった新しい取り組みが「使ってみると便利」「業務効率化に役立つ」として受け入れられたのである。
「何か、すごいことをやったわけじゃないんですよね」
宮川が言った。
沢井は笑った。
「そうなんだよな」
勉強会を開く。
動画を作る。
数字で追う。
声を上げた相手には、個別に向き合う。
一つひとつを見れば、どれも特別なことではない。
ただ、一つだけ違ったことがある。
400店舗が動くまで、やめなかった。
沢井は、パソコンの店舗マップを閉じた。三ヶ月という期限まで、まだ少し時間が残っている。
仕事は、まだ終わっていない。
けれど、もう沢井たちだけが400店舗を動かそうとしているのではなかった。
400店舗が、自ら動き始めていた。
監修=渡邊篤史
執筆=間杉俊彦

