コンサルタントW氏は、岡本に「協力してほしい」ではなく「一緒に考えてほしい」と相談する姿勢の重要性を説いた。翌日、岡本は水原課長に「どんな条件がそろえば可能でしょうか」と持ちかける。水原の表情がふと変わった。断るための沈黙ではなく、考えるための沈黙だった。
岡本 義郎(おかもと・よしろう/30歳)
新栄エンジニアリング営業部所属。入社7年目
水原 武史(みずはら・たけし/35歳)
同社技術部の課長。岡本の5年先輩
W氏
部門間連携を得意とする社外のコンサルタント
【結の章】「仕事は一人でするものじゃない」
岡本はすぐに動いた。
菱光冷熱工業の担当者に連絡し、工期や設計スケジュールについて相談した。
「わかりました。人手の問題ですから、無理を押し付けることはできない。調整します。できると思います」
担当者は、そう言ってくれた。本当にいい会社だと思う。発注元ではあるけれど、「言うことを聞け!」という居丈高なところがない。協力会社を含めて、利害を共有しているコミュニティである、という意識なのだと思う。
同時に反省させられる。自分が技術部門に、なんと言って協力を迫ったか。
岡本は並行して、社内調整も進めた。施工管理担当者の配置を再検討してもらうのである。
数日後、再び営業と技術の打ち合わせが開かれた。
「うん、これなら進められるな」
資料を見ながら、水原が言った。
「設計を前倒しし、施工管理者を一人追加できるのであれば、品質も確保できる」
岡本は思わず笑顔になった。
「ありがとうございます」
「いや」
水原は首を振った。
「条件が整ったからだよ。最初から案件そのものに反対だったわけではないんだ」
その言葉を聞いて、岡本はようやく腑に落ちた。
営業は「受注したい」。
技術は「品質を守りたい」。
言葉だけを見れば対立しているように見える。
しかし、本当はどちらも会社の信頼を守ろうとしていたのだ。
違っていたのは目的ではない。
立場だった。
「よくやったな、岡本」
水原が、岡本の肩を叩いた。
数週間後。
このマンション案件は無事に受注が決まり、工事も予定どおりスタートすることになった。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。途中で図面変更もあれば、工程の見直しもあった。
そのたびに営業と技術は顔を合わせ、相談し、一緒に解決策を考えた。
以前のように、
「営業が押し切る」
「技術が断る」
という関係ではなかった。
岡本は時間をつくって、W氏を訪ねた。その後の進捗を報告し、感謝を伝えるためだ。
W氏は言った。
「今回、一番変わったことは何だと思いますか?」
岡本は少し考えて答えた。
「水原課長が変わったんじゃありません。私が変わったんです」
それは、この件での実感だった。
「お願いする相手ではなく、一緒に考える仲間として向き合えるようになりました」
W氏は静かにうなずいた。
「その変化が、水原課長にも伝わったんです。人は、自分を尊重してくれる相手には協力したくなるものです」

菱光冷熱との打ち合わせのために会社を出たところで、山本沙織とばったり出くわした。
「よお!」
「岡本くん、菱光さんとの件、よかったね!」
「いや、すごく考えさせられた」
「なにを?」
岡本は、頭の中で言葉を探した。
「本当に協力関係をつくるには、どうしたらいいか、とかね。人手不足だからって諦めることはないし、『お願いします!』っていうだけじゃしょうがない」
「そうだよね」
「だから、一緒に考えてもらうっていうことなんだ」
山本は、しばらく地面を見ながら考えていたようだった。
「確かに。同じ会社なんだし、条件さえ整えられれば、いくらでも協力しあえるんだからね」
じゃあね、と言って別れた山本の後ろ姿を見やりながら、岡本はW氏の言葉を思い返していた。
『もし受注するとしたら、どんな条件がそろえば可能でしょうか』
これは、意識していなければ言える言葉ではない。
人員確保が難しいという、動かしがたい前提がある。しかし、だから諦める、というのは、あまりに芸がない。
ではどうするか、から仕事は始まるのではないだろうか。
そして、ではどうするか、は一人で考え込むことではない。
人を巻き込む。
他部門を巻き込む。
水原を巻き込むことができたのは、相談したからだ。
なんで、こんなにシンプルなことに気づかなかったんだろう。
だけど、こうも思う。
ぼくたちはしばしば、物事を難しく考え、しかも抱え込んでしまう。
仕事は一人でするものじゃない。
それが、いちばんの気づきだったかもしれない。
監修=渡邊篤史
執筆=間杉俊彦

