
株式会社AWコンサルティング
代表取締役
渡邉 篤史(わたなべ あつし)
- 大学卒業後、国内大手「組織・人材コンサルタント会社」にて10年(営業拠点責任者、新規事業チームリーダー、コンサルタント部門)
- ICT業界の事業会社(営業改革室長)4年
- ベンチャーのコンサルティング会社にて6年(創業より参画。役員、営業部門責任者、コンサルタント部門責任者)
- 2016年5月に株式会社AWコンサルティングを設立
- 2026年4月「巻き込み力のマネジメント」(ダイヤモンド・ビジネス企画)出版
資格・所属
- 国際公認経営コンサルティング協議会 公認経営コンサルタント
- 公益社団法人全日本能率連盟 認定 マスター・マネジメント・コンサルタント
- 日本マーケティング学会 会員
- 組織学会 準会員
個人的プロフィール
- 岐阜県出身
- ライフワーク 剣道(練士七段)
- 特技 宴会芸
- 趣味 ピアノ

ここから先は、職務経歴の羅列ではなく、AWコンサルティング代表 渡邉篤史のこれまでを等身大にお伝えしています。
生い立ちから、二度の創業、そして「AWコンサルティング フェーズ2」のいまへ——。
少し長くなりますが、お時間が許せばお付き合いください。
プロローグ 私の生い立ち
岐阜県の山深い地域で生まれ育った私は、人との調和を大事にする価値観が強いと思います。
「人の泣く顔を見るのが大嫌いで、笑顔を見るのが大好き」「論理性よりも感覚的な感性の方が強い」といった私のパーソナリティは、育った環境の影響があるのでしょう。
また、子供の頃から始めて今も続けている剣道が「勝負の結果と向き合う厳しさ」や「努力すれば人は成長できる」といったことを教えてくれたと思います。
第1章 悩みながら走った営業時代
新卒で飛び込んだのは、大手コンサル会社の飛び込み営業。 ナイーブな性格に悩みながら、それでも全社売上ランキング1位までたどり着いた——この時期の「もがき」が、今の仕事観の原点になっています。
キャリアの出発点 営業所長として最低レコード→最高レコード達成までの苦悩

私のキャリアは「営業して稼ぐ!」これが出発点でした。
大学を卒業して入社した国内系大手コンサルタント会社では、飛び込み営業からキャリアをスタートしました。ナイーブな性格の私は入社して早々、慣れない仕事で凹んで悩んだ時期もありましたが、この仕事が好きだったことに加えて、お客様や会社の仲間にも恵まれ、全社営業の売上ランキングでトップを記録することができました。
社会人6年目から営業所長を拝命して営業マネジメントを経験しました。とはいえ、拝命した後はイバラの道で歴代最低レコードを出してしまってクビを覚悟した時期もありました。数字のプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、自分のことだけでなく、拠点運営やメンバーの育成など必死に向き合いました。いま思えば、もっと要領のよいやり方もあったのだろうと思いますけれど(笑)、ひとつひとつ自分の考え方とやり方を試さないと納得できない性分ですので要領が悪く、時間もかかったと思います。
しかし最終的には、歴代最高レコードを記録するなど好業績を残すことができました。
また、この時期は特に「お客さん目線」に立って葛藤することが多かったです。お客様への共感を重んじていた私は、客先で約束してきたことを実施側のコンサルタント部門に持っていくと嫌がられることが多かったのです。
自分としては決してお客様と無理な約束をしたつもりは無かったのですが、仕事を引き受けるコンサルタント側からするとリスクがあるように感じられていたのでしょう。
プロダクト・アウトであるべきか?マーケット・インであるべきか?キャリアを能動的に考えるなら転職してもよかったのかもしれませんが、在籍していた会社が大好きだった私は辞めるという選択をせず、心のどこかで悶々としていた思い出があります。
このように悩みながら成果も上げた営業キャリアでしたが、その経験が現在のコンサルティング・サービスの糧になっています。
理屈通りに人は動きませんし、悩みながら成長するものだと思っています。
第2章 事業まるごとを変える経験
入社10年目の異動で、コンサルタント部門へ。 出向先で営業改革室長を任され、新商品開発から組織再編、人材マネジメントまで、事業全体を動かす経験を積みました。 「正論だけでは組織は動かない」と腹落ちしたのも、この時期です。
経営参謀としての新商品開発、プロモーション、営業強化、人材マネジメントなど事業全体を見渡すための視点を学ぶ

一つの転機は社会人10年目の時の異動でした。
コンサルタント部門に移籍し、資本関係のあるIT企業に出向しました。出向した会社は、取引先との難しい問題を抱えていて、2~3年のうちに大変革をしなければならないという状況でした。
このときのミッションは、営業改革室長というポストで経営陣のサポートをすることでした。 しかし、その業務は広範で、新商品開発、製品プロモーション、アライアンスパートナーとの協業、赤字事業部の立て直し、組織セールスの推進、全社の人材マネジメント施策の検討と展開、ユーザー会活動など、事業全体を考えて企画立案や施策実行をしなければなりませんでした。
一人の営業という役割ではなく、経営参謀として「市場・顧客と事業全体のつながりを考える」という経験は現在のコンサルティング活動に大きく生きています。 また、施策を進める過程で出向先の取引先からコンサルティングの仕事が受注できたこともあったのですが、それまでにない新しい内容の仕事が多く、専門としているコンサルタントがいないので結局、自分で実施するしかありませんでした。
これは大変でしたが、マーケット・インの発想でコンサルタントとして自由に問題解決ができる喜びを覚えたのは、この頃からだったと思います。 この時期に生まれた新商材の中には成功したサービスもありました。新商材がけっこう独創的で競争優位性もあり、お客様から好評価を得てリピートを重ねる姿を見て、新商品開発の醍醐味を味わったことも現在のコンサルティングの基盤になっています。
そして、4年間の在籍期間中で業績回復や事業存続に成功し、帰任することが出来ました。
こう書くと華々しいキャリアに聞こえるかもしれませんが途中はドタバタでしたし、格好の悪いこともたくさんありました。
それ以上に、なにより頑張ったのは出向先の当事者の皆さんであって、私はサポートする立場でした。コンサルタントはあくまで黒子役だと思います。
インキュベーションに挑戦!新規事業を立ち上げる難しさを知る
社会人14年目。 本籍の会社に戻り、HR-Techの新規事業立ち上げのリーダーを拝命しました。
準備は順調に進み、なんとか事業が立ち上がって受注も取れ始めました。しかし、拡販に力を入れようとしたタイミングで諸事情によって新規事業は中止になってしまいました。
新規事業や新商品開発は「世の中のニーズに応える新しい商材を生み出す難しさ」がありますが、それだけでなく事業創造の壁は社内にもあることを身をもって痛感しました。
ところが世の中、新規事業でこういったケースは非常によくある話であり、これも現在のコンサルタント活動の血肉になっています。
第3章 次の創業へ向けて
ベンチャー系コンサル会社の創業に参画し、役員・営業部門責任者・コンサルタント部門責任者を歴任。 経営の現場に立ちながら、「いずれは自分の手で、自分の信じるコンサルティング会社を」という思いを温めていった時期でした。
コンサル会社の立ち上げに参画。命がけの営業活動で5期連続の増収増益を達成

この時期に、「心機一転する!」と決断して大好きだった会社を退職し、新たな経営コンサルタント会社の立ち上げに参画することにしました。「創業に挑戦したい!」という思いが強くなったからです。
しかしながら実際のところ、創業こそ営業活動が必須です。なぜなら創業とは、ブランドも、顧客資産も、売上も無い状態からスタートするからです。
それこそ命がけの営業活動でした。
幸いお客様にも恵まれ、売り上げも社員も増えて会社はなんとか立ち上がりましたが、創業には実にいろいろな難しさがあります。創業してまもない企業活動は不安定ですから様々な問題が起きてきますし、それらを乗り越え、共通ビジョンに向けて運営体制をつくることが事業の持続性に大きく影響します。
5期連続の増収増益を見届け、次のステージに活動を移すことにしました。
それこそ命がけの営業活動でした。 幸いお客様にも恵まれ、売り上げも社員も増えて会社はなんとか立ち上がりましたが、創業には実にいろいろな難しさがあります。創業してまもない企業活動は不安定ですから様々な問題が起きてきますし、それらを乗り越え、共通ビジョンに向けて運営体制をつくることが事業の持続性に大きく影響します。 5期連続の増収増益を見届け、次のステージに活動を移すことにしました。 二度目の創業への挑戦! そして二度目の創業が、株式会社AWコンサルティングです。
第4章 AWコンサルティング、設立
2016年5月、株式会社AWコンサルティングを設立しました。 私にとって二度目の創業です。 これまでのキャリアで悩み、試行錯誤しながら掴んだ「クライアントと並走するコンサルティング」を、自分の手で形にする——その決意のスタートでした。
二度目の創業 失敗と成功両方の経験を活かしクライアントの稼ぐ力をヨコからサポートする
そして二度目の創業が、株式会社AWコンサルティングです。
ふたたび顧客も売り上げもゼロからのスタートでしたが、なぜか根拠のない自信があり、「やればできる」と確信していた自分がいました。
これまでの修羅場を乗り越えてきた体験が自分を支えていたのだと思います。
「修羅場経験が人を育てる」という言葉がありますが、まさにその通りで一度、会社の創業を経験していたことが大きな強みとなりました。 おかげさまで、お客様やビジネスパートナーとのご縁にも恵まれて事業は順調に拡大していきました。
コロナショックによる試練と苦悩
しかし、創業して3期目まで好調だった業績が、4期目に入ると停滞しました。
前年までの成長の勢いはなくなり、業績も低下し、収支もギリギリの状態が続いてしまったのです。
これは、事業を立ち上げて最初のライフサイクルが終わったことで起こる典型的な現象です。この局面では、もう一度新しいライフサイクルを作り直し、成長軌道に乗せる必要がありました。そして、新しい案件の獲得に力を注ぎ始め、見込が増え、事業の再成長の感触を得つつあった矢先に新型コロナウィルスによるパンデミックが発生しました。
クライアントの予算が確定する直前のタイミングでコロナ禍に直面たことにより、見込案件は次々と消え去りました。
案件がなくなり、対面での営業活動もままならない。AWコンサルティングの企業体力ではウェブマーケティングに大きく投資する余力もなく、将来への不安に苦しむ日々が続きました。
夜もなかなか眠れず、1、2時間ウトウトしただけですぐ目が覚めてしまう日々で、なぜか大きく息を吸うこともできなくなりました。
心身ともに疲弊しながら、自己努力ではどうにもならない変化に翻弄され、何か月も苦しい期間を過ごしました。
転機。そして、新しい仕事のスタイルの確立
そんな中、周囲の頼れる人たちに相談する機会がありました。
その対話を通じて「コントロールできないことではなく、コントロールできることに集中しよう」という考えに至りました。
また、尊敬する大先輩にも助言をもらい、「自分は毎年1つ、今まで手がけていない新しいことに挑戦し続けてきた」という話に触発されました。
これらの言葉がきっかけとなり、思い切って新しいことに取り組み始めました。例えば、ウェブマーケティングを段階的に手がけ始めたのはこの時期ですし、思い切って新型コロナウイルス感染症特別貸付も活用しました。
どん底にあったとき、転機が訪れます。これまで繋がりのあったクライアントやビジネスパートナー、仕事仲間から新しい相談や案件が舞い込んできました。
それが、どん底から抜け出すきっかけになりました。
この時期、1つ1つの案件と向き合う中で生まれた価値観がありました。
それは「誰よりも相手のことを心配し、誰よりも真剣に向き合う」という軸です。
自分より優秀なコンサルタントなんて沢山いるし、便利なノウハウ、ツールを持つ同業者はいくらでもいる。
だけど「相手のために本気で向き合う」というマインドだけなら、自分にもできるはず!
この覚悟こそ、そのときに生まれた新たな価値観であり、巻き返す原動力となりました。
また、これを機に仕事のスタイルも大きく転換しました。それは「ネットワークをフル活用する」というスタイルです。
ここで言うネットワークとは、単なる仕事仲間やパートナーとのつながりだけでなく、お客様との関係も含めた広い意味でのネットワークです。
ふりかえれば、コロナ前までは「売る側・買う側」「サービスを提供する側・受ける側」といった線引きを意識していました。そして、目線も「他者からのモノサシ」ばかり気にして、「良い評価を得るためのポジションづくり」や、「どう見られるか」ばかりを考えていたように思います。
しかし、垣根を取り払って「関係したすべての人々と同じ目的とゴールに向かう仲間として向き合う」ようになり、この結果、新しい仕事のスタイルが大きく変わりました。
経営層に対するアドバイザリ、組織レベルの行動や組織文化を変容するコンサルティングなど、今までにない高度な仕事を手掛ける機会が増え、仕事のクオリティも大きく向上したと実感しています。
第5章 磨いてきたメソッドが、実を結ぶ
次世代リーダー育成プログラム、そして40代後半からの海外プロジェクト。 「組織のダイナミズム」が生まれる手応えを、はっきりと感じ始めた時期です。
仕事の広がりと成果の実感
その頃から、複数の新しいお客様先で「次世代リーダー育成のプログラム」を手掛ける機会にも恵まれました。
このプログラムは、次世代リーダー層だけでなく、経営層や上司層も巻き込む形で進めます。 この結果、リーダー個人だけでなくクライアントの事業や組織にも変化が生まれ、さまざまな問題が解決されます。
こうした変化が一過性のもので終わらないのは、私たちが土台としている「二重過程理論」の考え方があるからです。人の判断や行動には、無意識のうちに反応する「速い思考」と、意識的にじっくり考える「遅い思考」の二つがあるとされます。研修で新しい知識を学ぶだけでは、日々の習慣や無意識の判断までは変わりません。両方に働きかけてこそ、組織は本当の意味で変わっていきます。だからこそ私たちは、単発の研修ではなく、複数年にわたる継続的な取り組みを大切にしているのです。
そして、この取り組みがが2年、3年、4年と継続するうちに組織が変化し、強い組織的能力や人のつながりが生まれて、有機的に機能し始めるのです。 この「組織のダイナミズム」がビジネスを支える力となり、クライアントにとって大切な財産になります。
海外での仕事もこの時期から手がけ始めました。
私は、もともと海外留学も海外勤務も経験しておらず、語学すら得意ではありませんでしたが、40代後半で初めて海外の仕事する経験に恵まれました。私の不得意な言葉については語学に強い仲間とチームを組むことで補い、必要なリサーチ・ツールやフレームワークはビジネスパートナーに協力してもらって乗り越えました。
この仕事の取り組みはリピートを重ねて4年目を迎える取り組みとなりました。そして、その成果はクライアント内の海外現地法人、約160社の活動を評価するカンファレンスでグランプリを受賞しました。このように国境を越えて、言葉も文化も違う人々と信頼関係を築き、個人にも組織にも確かな成果をもたらしています。
第6章 本気のクライアントと、本気で
創業から10年間で積み上げてきた経験と方法論を、書籍という形で社会に発信。 AWコンサルティングは新たな「フェーズ2」へと歩み出します。
創業11期目 AWコンサルティングの第2フェーズが始動!!

お陰様で、AWコンサルティングは2026年5月より第11期目を迎えることができました。創業からの10年間を「フェーズ1」と位置付け、第11期以降は新たな「フェーズ2」に入ると考えています。
「フェーズ1」は、さまざまな挑戦を重ねながらテーマを模索してきた期間でした。活動の中に何となく「軸」のようなものはあったものの、その方向性や目的をより明確にするために試行錯誤を続け、意識して言語化し、独自のメソッドとしてまとめてきました。そのうえで、マーケットとの関わりの中で「軸」を磨き続ける——歩みを進めながら自社の方向性をはっきりさせていく時期だったと振り返っています。
「フェーズ2」の始まりは、ちょうど書籍出版のタイミングと重なりました。この書籍の内容は、「フェーズ1」における成果そのものでもあります。これを書籍という形で社会に発信できたことには、大きな意味があると感じています。この出来事をきっかけに、新しいテーマに取り組み、次のフェーズへ進んでいきたいと思っています。挑戦したいことや、まだやり終えていないことが数多くありますので、探求を続ける姿勢や、仕事の質を高め続ける努力は今後も変わりません。
しかし今だからこそ、自分たちのスタンスをさらに明確にし、意識的に取り組むべき時期が来ていると実感しています。これこそが「フェーズ2」の大切な位置付けだと考えています。
ビジネス環境は今、大きく変化しています。世界の枠組みは多極化の時代へと転換し、歴史的な節目を迎えつつあります。一方で日本国内では労働力不足が深刻さを増しており、企業にとっては持続性や成長性を確保するために積極的な投資が求められる時期だと言えます。
このような状況の中、コンサルタント業界ではサービスの均質化、いわゆる「コモディティ化」がさらに進んでいくと予想されます。クライアントの立場から見れば、外部に依頼する際には「標準化された安定的なサービス」と「期待を超える優れた品質や体験」とを使い分けるようになるでしょう。また、本気で課題を解決したいと考えるクライアントほど、信頼できるコンサルタントをより慎重に選ぶようになるはずです。
私が目指すAWコンサルティングの「フェーズ2」とは、本気のクライアントと真摯に向き合い、質の高いネットワークを最大限に活用して、最適な答えを導き出していくステージです。「クライアントの本気に、私たちも本気で応える。」 新たなフェーズでも、変わらぬ志でクライアントと向き合い続けてまいります。

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