【巻き込み力の思想②】「相手があっての剣道でしょ?」―剣道の達人に学ぶ「巻き込み」の極意

この対談では、「巻き込み」という行為の背景にある考え方を、「巻き込み力のマネジメント」著者である渡邉氏が打ち込んできた剣道を通して掘り下げます。

ここで語られるのは、「こうすれば人を動かせる」という手法ではありません。

剣道の段位が上がるなかで、渡邉さん自身の「物の見方」がどう変わっていったか。

その変化のなかに、巻き込みのヒントが見えてきます。

読み終わったときに、人と向き合うときの新しい視点が残る。

そんな体験を目指しています。

話し手

渡邉 篤史(わたなべ・あつし)
株式会社AWコンサルティング代表。『巻き込み力のマネジメント』著者。剣道練士七段。数々の有名企業の組織開発コンサルタントとして20年以上の実績を持つ。

間杉 俊彦(ますぎ・としひこ/聞き手)
編集者・ライター。元「週刊ダイヤモンド」副編集長、人材開発編集部副部長。同書の構成・編集を担当。

目次

「自分本位」では高段者になれない

──間杉 渡邉さんは剣道七段とうかがいました。

渡邉

そうです。剣道では最高位は八段です。そして、六段、七段になると「高段者」と呼ばれます。

この段位というものが、面白いぐらいに最適化されているな、と最近感じます。

段が上がるにつれて、単に技術が高度になるのではありません。

剣道に向き合うときの「物差し」そのものが変わっていくように思うのです。


──間杉 具体的に説明していただけますか?

渡邉

五段ぐらいまでの剣道は、いわば「自分本位」です。自分の技はどうか。足さばきはどうか。剣先はどうか。間合いの詰め方はどうか。

主語はすべて「自分」です。

ところが、六段になると違ってきます。

私が六段の審査に挑戦するとき、知人からこんなことを言われました。

「六段で見られるのは、技じゃなくて攻めだからね」

「攻め」というと、激しく相手に向かっていくことを想像するかもしれません。

しかし、ここでいう攻めとは、「相手を動かす」ということです。

剣道で一本が決まるのは、こちらが技を出したからではありません。こ

ちらの働きかけに相手が反応して動き、そこに機会が生まれる。

だから、六段以上になると、関心の置きどころが「自分」から「相手」へと移っていきます。


──間杉 視点が変わる、ということでしょうか?

渡邉

視点というより、世界観というべきかもしれません。

最近、六段審査に何度も挑戦している後輩から相談を受けました。

「今回は足さばきをこうして、剣先をこうして、間合いをこう詰めたら、相手がこうしてタイミングが合わなかったので、次はもう少しゆっくり入ったほうがいいと思います」

彼の話を聞いていて、ふと気づきました。

全部、「自分のこと」なんです。

足さばきも、剣先も、間合いも、「自分がどうするか」という話です。

でも、高段者に求められるのは、むしろ相手への関心です。

こちらがこう攻めたとき、相手はどう反応したのか。

その反応をどう受け止め、次にどう働きかけるのか、というように。

POINT

段位が上がるにつれて、剣道の主語は「自分」から「相手」へと移っていく。高段者に求められるのは、技の高度さだけでなく、相手への関心である。

「相手本位」で文脈を解釈する

──間杉 自分本位ではなく、相手への関心。その転換は難しいのではないですか?

渡邉

そう思います。そこには、技術だけでは越えられない壁があるように思います。物の見方、関心の持ち方そのものを変えなければならないからです。

実は、私自身も、かつては同じでした。

五段の昇段審査には五、六回落ちています。

どうしたら受かるのかわからず、あるとき道場の先生に、自分の審査の動画を見てもらいました。

先生は当時50代で、実績豊富なベテランの女性の先生です。先生は動画をじっと見たあと、一言だけ言いました。

「相手があっての剣道でしょ?」

「ああ」と思いました。


──間杉 見抜かれたわけですね?

渡邉

そうです。さらに先生は続けました。

「仕事でも同じことを言われてるんじゃない?」

たった2つのフレーズですが、刺さりました。


──間杉 それによって物の見方が変わったのですね?

渡邉

そう思います。

自分がどんな技を出すかではなく、相手に関心を持つ。相手の心を見る。

相手がどう動くかは、こちらの思い通りにはなりません。

だからこそ、その瞬間の反応を受け止めながら、自分の動きを選んでいく。

七段になった今振り返ると、五段のころとの大きな違いは、そこにあるように思います。


──間杉 なんとなく「巻き込み」に近いお話のようですね?

渡邉

そう思います。

人を巻き込もうとすると、私たちはつい「自分が何をするか」を考えます。

どう説明すれば納得してもらえるか。どう説得すれば動いてもらえるか。どんな言葉を使えば協力してもらえるか。

しかし、それではまだ、主語は「自分」のままです。

自分の考えを理解してもらい、自分が望む方向へ相手を動かそうとしている。

剣道でいえば、技を磨き、「この技を決めてやろう」と考えている段階に近いのかもしれません。


──間杉 でも、相手はなかなか自分の思い通りには動きませんね。

渡邉

ですから、まず相手を見る。それが大事なんです。

こちらが何かを伝えたとき、相手はどんな表情をしたのか。何に反応したのか。どこに引っかかっているのか。何を大切にしているのか。その反応を受け入れたうえで、次に自分がどう働きかけるかを考える。

剣道では、相手の動きを完全に予測することはできません。

だから、瞬間瞬間に相手を感じ、そこから技を選択していきます。

六段、七段で問われている「対人感覚」とは、そういうものではないかと私は考えています。

仕事でも同じでしょう。

「巻き込む」という言葉からは、自分が中心になって周囲を引っ張っていく姿を想像しがちです。

しかし、本当に人を巻き込むことができる人は、むしろ自分より相手に関心を向けているのかもしれません。

自分の正しさを主張するのではなく、相手が何を考え、どう反応しているのかを見る。

その反応を受け止めながら、お互いの動きをつくっていく。

六段から七段へ上がると、さらに相手を受け入れたうえで、共同作業としての剣道を体現することが求められる――私はそんなふうに理解しています。

剣道は一対一で向き合う競技です。

けれど、高い段位になればなるほど、「自分一人の剣道」ではなくなっていく。

相手があっての剣道。

かつて先生から言われたその言葉は、仕事で人と向き合うときにも、そのまま当てはまるように感じます。

POINT

人を巻き込める人は、自分より相手に関心を向けている。自分の正しさを主張するのではなく、相手の反応を受け止めながら、お互いの動きをつくっていく。

(構成・聞き手 = 間杉俊彦)

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