人は、どんなときに動くのでしょうか。
命令されたから。頼まれたから。──もちろん、それもあります。けれど、本当に力を発揮するのは、「自分もそうしたい」と思えたときではないでしょうか。巻き込み力とは、その気持ちが生まれる場をつくる力です。
この記事でお伝えしたい2つのポイント
「巻き込み力」とは、話し方などの対人コミュニケーションのスキルではありません。組織の「タテ(上司・部下)」「ヨコ(他部門)」「ソト(社外)」の3方向に目を向け、異なる立場や考えを持つ人たちが関わり合いながら、共通の目的に向かって動きが生まれていく。そのプロセスをつくり、支えていく総合的な力です。
そして巻き込みは、「共通の目的」が見えてくるところから始まります。相手を命令やお願いによって動かそうとするのではなく、「こうなったら面白いと思いませんか」と投げかける。そこから互いの考えが交わり、「一緒にやってみよう」という動きが生まれていくことが、巻き込みの最初の一歩です。
以下、詳しく解説します。
巻き込み力とは何か?──コミュニケーション技術との違い
巻き込み力とは、共通の目的に向けて、人や組織がそれぞれの力を持ち寄り、関わり合うなかから成果が生まれていく状態をつくる総合的な力です。書籍『巻き込み力のマネジメント』の著者・渡邉篤史は、この力を「組織のタテ・ヨコ・ソトを巻き込んで成果を創出する力」と定義しています。
重要なのは、単なるコミュニケーション技術や、アサーティブな(互いを尊重した)話し方といったスキルではないという点です。話し方が上手いだけで、人や組織の動きが生まれるわけではありません。
仕事の目的や背景、組織それぞれの論理、互いの利害や置かれている状況。そうしたものが交わるなかで、共通するものが見つかり、それぞれが自分なりの意味を見いだして動き始める。そのプロセスを生み出していくことが、巻き込み力の要点です。
巻き込みが起こる3つの場面「タテ・ヨコ・ソト」とは
巻き込みが起こる「タテ・ヨコ・ソト」は、それぞれ以下のような場面を指します。
「タテ」自部門における巻き込み
自部門のなかで、上司や部下とともに仕事を進める場面です。
たとえば、新しい取り組みについて上司と目的や必要性を共有する。あるいは、部下に仕事を一方的に与えるのではなく、その仕事が持つ意味を共有し、本人なりの考えや工夫が加わっていく。
年上のベテラン部下との仕事でも、「どうすれば相手を動かせるか」と考えるだけでは十分ではありません。互いの経験や考えが交わるなかから、よりよい進め方が見つかり、自然と役割が生まれていく関係が求められます。
「ヨコ」社内の他部門との巻き込み
営業と技術、開発とマーケティング、本社と支店──部門を越えて連携する場面です。
それぞれの部門には、それぞれの目的、論理、事情があります。そのため、自部門の都合だけで「動いてもらおう」としても、なかなか物事は進みません。
「同じ会社なのに、話が通じない」という状況から、お互いが何を大切にしているのかを理解し、その間に共通する目的を見つけていく。そこから「それなら一緒にやろう」という動きが生まれることが、ヨコの巻き込みです。
「ソト」社外との巻き込み
取引先、代理店、パートナー企業、サプライヤーなど、社外との協業場面です。
形式的には発注・受注の関係であっても、発注側が考えたことを相手に実行してもらうだけでは、相手が持っている知恵や経験は十分に活かされません。
互いの目的や事情を理解し、意見を交わすなかで、当初は想定していなかったアイデアや工夫が生まれる。「発注する側/される側」という関係を越えて、一緒によりよい成果をつくっていく関係へと変わっていくことが、ソトの巻き込みです。
もしかして、こう思っていませんか?巻き込み力の3つの思い込み
✗「話し方が上手ければ、人は動く」
前述のとおり、これは典型的な思い込みです。
プレゼンやアサーティブな話し方が上手くても、それだけで巻き込みが起こるわけではありません。話し方の技術は、巻き込み力を構成する一つの要素です。
大切なのは、相手を説得してこちらの考えに従わせることではなく、互いの考えや事情を持ち寄るなかで、共通する目的や新しい可能性が見えてくることです。そこから、人が動き、組織が動き始めます。
✗「巻き込み力は、プロジェクト管理の手法?」
巻き込み力はマネジメントのための力です。
立場や利害を乗り越えて成果を創出するための能力です。
時には権限によって相手を動かすことができないからこそ、互いの考えや目的をすり合わせ、関係のなかから動きを生み出していく力が必要になります。
✗「巻き込みとは、相手を動かすこと」
「巻き込む」という言葉から、「自分が相手を動かす」というイメージを持つことがあります。
しかし、本来の巻き込みは、一方が他方を意図した方向へ動かすことではありません。
こちらから働きかければ、相手からも反応が返ってきます。その反応によって、こちらの考えも変わります。互いの考えが交わるなかで、最初にはなかったアイデアが生まれたり、目的そのものがより明確になったりすることもあります。
そうしたやり取りを重ねるうちに、「あなたの目的」「私の目的」だったものが、少しずつ「私たちの目的」へと変わっていく。そして、その目的に向けて、それぞれが自分の意思で役割を引き受け、動き始める。
巻き込みとは、「誰かが誰かを動かすこと」ではなく、「関わり合うなかから、私たちの動きが生まれてくること」なのです。
「話し方は磨いたのに、なぜ…」川上さんの悩み
Qざえもん
組織開発と人材育成を極めた、侍の心を持つ相談役。剣道や歴史の教えを引きながら、悩めるビジネスパーソンに優しくヒントを授ける。
川上 真司さん
30代の課長。まじめで努力家。「人が思うように動いてくれない」という悩みを抱えている。
その日、川上さんはいつもより少し疲れた顔で、Qざえもんのもとを訪れた。
川上 真司Qざえもん、少し悩んでいることがあって。部長から「巻き込み力を磨け」って言われるんだ。でも、話し方やプレゼンのスキルは結構練習してきたと思う。これ以上、何を磨けばいいんだろう



ふむ。川上さん、それはね、ぼくがずっと考えてきた問いと似ているんだ。巻き込み力は、話し方や伝え方だけじゃないんだよ。



話し方だけじゃない…?
Qざえもんは、ゆっくりとうなずいた。



そう。組織の中には「タテ」「ヨコ」「ソト」の3つの方向がある。自分の部門、社内の他部門、そして社外。この3方向すべてを見渡す力なんだ



剣道の世界にね、「観の目」という言葉があるんだ。宮本武蔵が『五輪書』で説いた考え方でね、相手の剣先だけを凝視するんじゃなくて、姿全体、周りの空間、相手の本質まで柔らかく見渡す心の目のこと。巻き込み力もこれと似ていてね。タテ、ヨコ、ソトを見渡すのもそうだし、直接は語られない相手の考えや、背景にある立場・役割まで視点を広げないといけないよ



なるほど…目の前の相手だけでなく、もっと視点を広げる必要があるんだね



そう。そして、もう一つ大事なことがある。動いてくれない相手がいるとき、共通の目的があるかどうかを問うことだよ



え…どういうこと?



動いてくれない相手に頼み続けても、動かない。その多くは、共通の目的が見えていないからなんだ。共通の目的がまだない相手には、まず自分から発信するのが先



発信…



そう。ただし、ただ発信するんじゃなくて、「こうしたい」という自分の意思をはっきり示すこと。「語りかけ」と言ってもいいね



命令でも、お願いでもなく…



うん。動くだけじゃなくて、声に出して語りかけないと、伝わらないんだよ
川上さんは、しばらく黙って考え込んでいた。



いま腑に落ちた気がする。僕、ずっと「動かない相手」のせいにしていた。でも本当は、相手にとって「共通の目的」が見えていなかっただけかもしれない



気づいたなら、それでいいんだよ。川上さん、まずは語りかけてみよう。決して独りよがりな想いではなく、同じ方向を向けるような形でね
巻き込み力の3つの心得
① 巻き込み力は、話し方のスキルではない
巻き込み力とは、「タテ・ヨコ・ソト」の3方向を巻き込み、成果を創出する総合的な力。単なるコミュニケーション技術としてだけ捉えていると、要点を見誤る。
② 巻き込みには「共通の目的」が必要
そもそも共通の目的がない相手には、巻き込みは成立しない。「動いてくれない相手」がいるとき、まずは「共通の目的が共有できているか」を確認する。
③ 巻き込みの始まりは、命令でもお願いでもなく「語りかけ」
「こうなったら面白いと思いませんか」──共通の目的をつくるための語りかけこそが、巻き込みの第一歩になる。相手が受け取りやすい形で、自分の意思をしっかり示す。
書籍からの引用
AWコンサルティングの渡邉氏は、著書『巻き込み力のマネジメント』の中で、こう述べています。
巻き込みとはマネジメントそのものである、と私は考えています。ですから、本書は「対人コミュニケーション力を上げる」というような、個人のスキルアップを目指すものではありません。巻き込み力を上げるということは、組織のミッションを成功に導くための考え方であり実践の手法です。
巻き込み力は、対人コミュニケーションを積み重ねることで身につくものではなく、組織の「マネジメント」そのものとして捉え直すこと──そう考えると、日々の仕事の景色も、少し違って見えてくるかもしれません。
「巻き込み力」よくある質問
Q1. リモートワーク環境でも、巻き込み力は発揮できますか?



オンラインでも巻き込みはできるよ
リモート環境では、廊下での立ち話や偶然の雑談といった自然な接点が減るため、意識的な設計が必要です。1on1などコミュニケーションが取れる時間を確保しつつ、目的を共有する場の設定、テキストでの丁寧な発信など、対面より「意図的に接点を作る」姿勢が問われます。リモートだからこそ、共通の目的の共有という巻き込みの要点が試されます。
Q2. 巻き込み力と、説得力・交渉力は同じものですか?



似ているけれど、目指すものが違うんだ
説得力や交渉力は、多くの場合「相手に自分の主張を受け入れてもらう」ことがゴールです。一方、巻き込み力は「相手と共通の目的を持って、共に前に進む」ことがゴール。前者は自分の意見を通すことに主眼がありますが、後者は関係性そのものをつくり直すことに主眼があります。説得や交渉は巻き込むための方法の一つではありますが、必ずしも有効とは限りません。
Q3. 巻き込み力を鍛えるには、何から始めればよいですか?



まずは、2つの原理を意識するといいよ
書籍『巻き込み力のマネジメント』で渡邉篤史氏は、巻き込み力を2つの原理に分けて整理しています。原理1「自分の軸をつくること」──なぜ今これをやるのか、目的や価値を言語化する。まず自分自身を見つめることが第一歩です。原理2「相手の力を引き出すこと」──相手の視点や経験を尊重し、「力を借りたい」と明確に伝える。一方的なお願いではなく、相手の主体性を引き出す関わり方が鍵です。この2つを意識するところから始めるのが、最も現実的な入口になります。
Q4. 巻き込み力は、生まれつきの才能ですか?訓練で身につきますか?



これは訓練で身につくスキルだよ
巻き込み力は、生まれつきの性格や才能ではなく、意識的な訓練で身につくスキルです。ただし、「知っていること」と「できること」の間には深い溝があります。理論を学ぶだけでは身につかず、日々の仕事の中で試行錯誤し、内省を繰り返すことで、少しずつ自分のものになっていきます。

