【全4話】年上のベテラン部下を巻き込む | 第4話

ー前回までのあらすじー

食品工場の試験運用中、相沢が「画面では判断できない」と山岡に音を確認してもらった。山岡は引っかかる音に気づきながらも、最終判断には加わらなかった。後日、再発したアラートの原因は、二人の担当領域の「あいだ」にあった。山岡が新しい仕事を避けるのは、単なる頑固さではないのかもしれない── 鎌田は初めて、そう考えた。

登場人物

鎌田 光也(かまだ・みつや/42歳) 
立川電機の生産管理課長
山岡 祐介(やまおか・ゆうすけ/52歳) 
ベテラン社員。安全管理と現場対応のプロ
相沢 翔太(あいざわ・しょうた/29歳) 
IoT技術に詳しい若手

目次

[1−4 結の章]45分かけて出てきた本音

その日、鎌田はちょっとした覚悟をもって、山岡との1on1に臨んだ。

「次の1on1では、説得せずに、山岡さんの本音を聞き切ってください」

そう助言したのは、生産管理部門でマネジャー研修を担当するコンサルタントのW氏だった。

「山岡さんは、もっともらしい理屈をいくつも持っています。それを否定せずに聞きながら、山岡さん自身が何を感じているのか、そこへ問いを戻すのです」

「話してくれるでしょうか」

「簡単には話さないでしょう。だから、こちらが先にあきらめないことです」


1on1の開始時刻一分前、山岡はいつものように会議室へ入ってきた。

「三十分でしたね」

「今日は少し長くなるかもしれません」

山岡は露骨に顔をしかめた。

「先に言ってもらわないと困りますよ」

「すみません。ただ、今日は業務報告ではなく、山岡さん自身の話を聞きたいと思っています」

「私自身の話?」

「新しい仕事から距離を置いている理由です」

山岡は背もたれに体を預けた。

「またその話ですか」

「今回のトラブルにも関係していると思っています」

「つまり、私の責任だと言いたいんですね」

「そうではありません」

山岡は少し意外そうな顔をした。

「山岡さんは、相沢さんが一人では見つけられないものに気づいている。それでも、最後の判断には加わろうとしない」

「わからないことに口を出すほうが無責任でしょう」

「詳しいふりをしてほしいのではありません」

「同じことですよ。客先では、知らないでは済まされない」

「わからないことを聞かれるのが嫌なのですか」

小刻みに椅子の肘掛けを叩いていた山岡の指が止まった。

「答えられずに迷惑をかけるのは、誰だって嫌でしょう」

「迷惑をかけるのが怖い?」

「怖いなんて言っていません」

山岡の声が少し強くなった。

「課長は、どうしても私を臆病者にしたいようですね」

「そんなつもりはありません。ただ、山岡さん自身の言葉を聞きたいのです」

「ちゃんと話してるじゃないですか」

たしかに山岡はよく話していた。

役割分担について、若手の育成について、客先での責任について。

しかし、自分のことだけは語っていなかった。


しばらくして、山岡は腕時計を見た。

「まだ続けますか」

「続けさせてください」

「私に何を言わせたいんですか」

「山岡さんが何を守ろうとしているのか、それを知りたいのです」

「守る?」

「役割分担や効率の話をするとき、山岡さんは何かを守っているように見えます」

山岡は黙った。

会議室の外を誰かが通り、足音が遠ざかった。


やがて山岡が口を開いた。

「課長は、私が古い人間だと思っているでしょう」

「思っていません」

「若い人は、画面を見ればすぐわかる。説明も横文字ばかりだ。私は、いちいち聞かないとわからない」

「聞けばいいのではないですか」

「簡単に言いますね」

山岡は笑ったが、その笑いには力がなかった。

「五十を過ぎた人間が、入社四年目の若手に一から教えてもらうんですよ。客先で質問されて、横にいる相沢の顔を見る。そんな姿を見せろと言うんですか」

鎌田は答えず、続きを待った。


山岡はもう一度、腕時計を見た。

三十分が過ぎていた。

「……怖いんですよ」

小さな声だった。

「失敗するのが。客先で答えられないのも、若手の前で恥をかくのも嫌です。長くやってきたのに、何も知らない人間みたいになる」

「話してくれて、ありがとうございます」

鎌田はうなずいた。

「山岡さんに、IoTを一人で背負ってほしいわけではありません。相沢さんは山岡さんに現場のことを聞き、山岡さんは相沢さんに新しい技術を聞く。二人で判断する形にしたいのです」

山岡はしばらく考えていた。

「相沢は、画面ばかり見ますからね」

「そこは山岡さんが言ってください。ただし、山岡さんも相沢さんの話を聞いてください」

山岡は不満そうに口を曲げた。

「注文が多い課長だな」

「すみません」

「謝るくらいなら言わなければいい」

そう言ってから、山岡は手帳を開いた。

「次の試験運用は、いつですか」

面談が始まって、四十五分が過ぎていた。


その日以降、山岡は相沢との会話を少しずつ増やしていった。若手の知識とベテランの経験が、ようやくつながり始めたのである。

後日、W氏は鎌田に尋ねた。

「山岡さんとの1on1は、しんどかったのではありませんか」

「しんどかったです。何度も反論したくなりました」

鎌田は苦笑した。

「でも、理屈の奥に本音があるはずだ、と思って聞き続けました。指示や命令によらなくても、巻き込むことはできるんですね」

年上のベテラン部下を巻き込む(完)

監修=渡邊篤史
執筆=間杉俊彦

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