食品工場の試験運用中、相沢が「画面では判断できない」と山岡に音を確認してもらった。山岡は引っかかる音に気づきながらも、最終判断には加わらなかった。後日、再発したアラートの原因は、二人の担当領域の「あいだ」にあった。山岡が新しい仕事を避けるのは、単なる頑固さではないのかもしれない── 鎌田は初めて、そう考えた。
鎌田 光也(かまだ・みつや/42歳)
立川電機の生産管理課長
山岡 祐介(やまおか・ゆうすけ/52歳)
ベテラン社員。安全管理と現場対応のプロ
相沢 翔太(あいざわ・しょうた/29歳)
IoT技術に詳しい若手
[1−4 結の章]45分かけて出てきた本音
その日、鎌田はちょっとした覚悟をもって、山岡との1on1に臨んだ。
「次の1on1では、説得せずに、山岡さんの本音を聞き切ってください」
そう助言したのは、生産管理部門でマネジャー研修を担当するコンサルタントのW氏だった。
「山岡さんは、もっともらしい理屈をいくつも持っています。それを否定せずに聞きながら、山岡さん自身が何を感じているのか、そこへ問いを戻すのです」
「話してくれるでしょうか」
「簡単には話さないでしょう。だから、こちらが先にあきらめないことです」
1on1の開始時刻一分前、山岡はいつものように会議室へ入ってきた。
「三十分でしたね」
「今日は少し長くなるかもしれません」
山岡は露骨に顔をしかめた。
「先に言ってもらわないと困りますよ」
「すみません。ただ、今日は業務報告ではなく、山岡さん自身の話を聞きたいと思っています」
「私自身の話?」
「新しい仕事から距離を置いている理由です」
山岡は背もたれに体を預けた。
「またその話ですか」
「今回のトラブルにも関係していると思っています」
「つまり、私の責任だと言いたいんですね」
「そうではありません」
山岡は少し意外そうな顔をした。
「山岡さんは、相沢さんが一人では見つけられないものに気づいている。それでも、最後の判断には加わろうとしない」
「わからないことに口を出すほうが無責任でしょう」
「詳しいふりをしてほしいのではありません」
「同じことですよ。客先では、知らないでは済まされない」
「わからないことを聞かれるのが嫌なのですか」
小刻みに椅子の肘掛けを叩いていた山岡の指が止まった。
「答えられずに迷惑をかけるのは、誰だって嫌でしょう」
「迷惑をかけるのが怖い?」
「怖いなんて言っていません」
山岡の声が少し強くなった。
「課長は、どうしても私を臆病者にしたいようですね」
「そんなつもりはありません。ただ、山岡さん自身の言葉を聞きたいのです」
「ちゃんと話してるじゃないですか」
たしかに山岡はよく話していた。
役割分担について、若手の育成について、客先での責任について。
しかし、自分のことだけは語っていなかった。
しばらくして、山岡は腕時計を見た。
「まだ続けますか」
「続けさせてください」
「私に何を言わせたいんですか」
「山岡さんが何を守ろうとしているのか、それを知りたいのです」
「守る?」
「役割分担や効率の話をするとき、山岡さんは何かを守っているように見えます」
山岡は黙った。
会議室の外を誰かが通り、足音が遠ざかった。
やがて山岡が口を開いた。
「課長は、私が古い人間だと思っているでしょう」
「思っていません」
「若い人は、画面を見ればすぐわかる。説明も横文字ばかりだ。私は、いちいち聞かないとわからない」
「聞けばいいのではないですか」
「簡単に言いますね」
山岡は笑ったが、その笑いには力がなかった。
「五十を過ぎた人間が、入社四年目の若手に一から教えてもらうんですよ。客先で質問されて、横にいる相沢の顔を見る。そんな姿を見せろと言うんですか」
鎌田は答えず、続きを待った。
山岡はもう一度、腕時計を見た。
三十分が過ぎていた。
「……怖いんですよ」
小さな声だった。
「失敗するのが。客先で答えられないのも、若手の前で恥をかくのも嫌です。長くやってきたのに、何も知らない人間みたいになる」
「話してくれて、ありがとうございます」
鎌田はうなずいた。
「山岡さんに、IoTを一人で背負ってほしいわけではありません。相沢さんは山岡さんに現場のことを聞き、山岡さんは相沢さんに新しい技術を聞く。二人で判断する形にしたいのです」
山岡はしばらく考えていた。
「相沢は、画面ばかり見ますからね」
「そこは山岡さんが言ってください。ただし、山岡さんも相沢さんの話を聞いてください」
山岡は不満そうに口を曲げた。
「注文が多い課長だな」
「すみません」
「謝るくらいなら言わなければいい」
そう言ってから、山岡は手帳を開いた。
「次の試験運用は、いつですか」
面談が始まって、四十五分が過ぎていた。
その日以降、山岡は相沢との会話を少しずつ増やしていった。若手の知識とベテランの経験が、ようやくつながり始めたのである。
後日、W氏は鎌田に尋ねた。
「山岡さんとの1on1は、しんどかったのではありませんか」
「しんどかったです。何度も反論したくなりました」
鎌田は苦笑した。
「でも、理屈の奥に本音があるはずだ、と思って聞き続けました。指示や命令によらなくても、巻き込むことはできるんですね」
年上のベテラン部下を巻き込む(完)
監修=渡邊篤史
執筆=間杉俊彦

