【全4話】年上のベテラン部下を巻き込む | 第1話

相手の「ナラティブ」に耳を傾ける

人にはそれぞれ、これまでの経験や価値観から形づくられた固有の「物語(ナラティブ)」があります。

今回のストーリーは、このナラティブがカギを握っています。

「巻き込み」は、相手の行動だけでなく、その背景にあるナラティブに目を向けることから始まります。

登場人物

鎌田 光也(かまだ・みつや/42歳) 
立川電機の生産管理課長
山岡 祐介(やまおか・ゆうすけ/52歳) 
ベテラン社員。安全管理と現場対応のプロ
相沢 翔太(あいざわ・しょうた/29歳) 
IoT技術に詳しい若手

目次

【1−1 起の章】経験の範囲内であれば、細かく口を出すがー

「ちょっと黙ってください」

客先工場の設備担当者が説明を続けようとすると、山岡祐介は片手を上げて遮った。

制御盤の前に立ち、目を閉じる。

包装ラインが一定の間隔で動き、モーターの低い音が響いていた。

三十秒ほどして、山岡は制御盤の右下を指さした。

「たぶん、ここです。センサーじゃない。ケーブルの被覆が劣化している」

設備担当者がカバーを外して点検すると、山岡の言ったとおり、奥のケーブルに細い亀裂が入っていた。

「さすがですね。どうしてわかったんですか」

「音がいつもと違う。機械は嘘をつきませんから」

山岡はそれだけ言うと、作業員に交換部品の型番を伝えた。


大手工業機器メーカー・立川電機の生産管理部門で働く山岡は、五十代のベテラン社員である。

安全管理と客先対応では、社内でも一目置かれていた。

古い制御盤のクセ、工場ごとの作業ルール、協力会社との段取り。

そうした知識が、頭の中ではなく身体に染み込んでいる。

若手が現場で迷っていると、頼まれもしないのに横から口を出す。

「その位置に脚立を置くな。作業員の通路をふさぐ」


「工具を床に置くな。蹴飛ばした人間がけがをする」


「説明する前に現場の人の話を聞け。機械を毎日使っているのは、われわれじゃない」

言い方はぶっきらぼうだが、指摘はいつも的確だった。

客先から「山岡さんに来てもらえれば安心だ」と名指しされることも多い。

生産管理課長の鎌田光也も、山岡の経験と腕を高く評価していた。

鎌田にとって、山岡は十歳も年上だ。

だから、少し気を遣う。

加えて山岡には扱いが難しい一面もあった。

自分の経験の範囲内であれば、誰よりも細かく口を出す。

ところが、新しい技術が絡むと、急に線を引いてしまうのである。

このところ立川電機の制御機器にも、IoT対応の製品が増えていた。

設備の稼働データをクラウドへ送り、タブレットで通信ログや異常値を確認するのである。

ある日、若手の相沢翔太が山岡にタブレットを差し出した。

入社四年目だが、IoTの知識は豊富で、チームでは次世代のリーダーと期待されている。

「山岡さん、このログを見てもらえませんか」

山岡は老眼鏡を少し下げ、画面を一度だけ眺めた。

そして、タブレットを相沢の胸元へ押し戻した。

「画面は相沢に任せる。おれは音を見る」

「でも、機械側の異常とログを一緒に見たほうが——」

「それは詳しい人間がやればいい。役割分担だ」

それ以上の話は受けつけない、という口調だった。


ある日の会議で、品質保証部の担当者が次世代型制御ユニットの試験運用について説明した。

「安全確認のレビューには、山岡さんにも入ってもらいたいと思っています。客先の既存設備との接続もありますから」

鎌田はその場でうなずいた。

「わかりました。山岡さんに主担当で入ってもらいましょう」

会議後、鎌田が声をかけると、山岡は露骨に顔をしかめた。

「主担当? 聞いてませんよ」

「いま決まったところです。相沢さんにも入ってもらいます」

「だったら相沢がリーダーになればいいでしょう。メインはIoTの話なんだから」

「現場経験は山岡さんのほうが——」

「何でもかんでも、ベテランを便利に使わないでください。既存ラインだけで手いっぱいです」

山岡は資料を閉じ、「話は終わった」とばかりに席を立った。


決して怠けているわけではない。

任された仕事は誰よりきちんとやっている。

若手の仕事にも目を配り、フォローする。

しかし、自分の守備範囲から外れる仕事には、頑として踏み込もうとしない。

山岡をどう巻き込めばいいのか。

それが鎌田の悩みだった。

監修=渡邊篤史
執筆=間杉俊彦

次回

【1−2 承の章】1on1をしているのに、本音に届かない

月1回の1on1。話は具体的でも、肝心なところに近づくと、山岡は理屈で線を引く。そんな中、客先工場でトラブルが起きる ――

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