協力してもらえないの正体 ― ある設備系メーカー 営業と技術の溝を越えた物語

業種:設備系メーカー
対象:営業部門・技術部門の連携
テーマ:部門間の壁の打破

「技術部門からの協力が得られないので、新規案件が受注できないよ。」

設備系メーカーの営業マンであるOさんは、新規案件の受注を増やしたいと考えていた。しかし、技術部門からの協力がなかなか得られず、手詰まりになっていた。

Oさんには期末に向けて数字達成のプレッシャーがある。会社の売上に貢献したい。新しい案件を取ってきても、技術部門が動いてくれなければ受注に至らない。

一方、技術部門にも言い分があった。

「売上も大事だが、コストや品質、納期の方が重要だ。無理な仕事を引き受ければ、事故やトラブルの原因になる。」

しかも、人手不足の状況でもあった。技術部門からすれば、「そんなこと、営業も分かっているだろう」というのが本音だった。

Oさんは、どう打開すればいいのか、名案が浮かばなかった。

同じ会社にいるのに、なぜ噛み合わないのか

Oさんが直面していた問題は、多くの企業で見られる部門間の優先順位の違いである。

営業は売上を追う。技術はコスト・品質・納期を守る。どちらも自分の責任を果たそうとしている。どちらも間違っていない。しかし、それぞれが固有のプレッシャーの中で仕事をしているからこそ、溝は深まっていく。

技術部門も、意地悪で協力しないわけではない。彼らには彼らのコミットメントがある。しかしOさんにとっては、「何度頼んでもダメだ」という苛立ちだけが積もっていた。

Oさんが見落としていたもの

このとき、Oさんに投げかけられたのは、こんな問いだった。

「技術部門をコントロールしようとしていないか?」

Oさんにその自覚はなかった。しかし、振り返ってみると、技術部門との会話はいつも「これをやってほしい」「なぜできないのか」という方向に流れていた。自分が設定した着地点に相手を持っていこうとする。意識していなくても、言葉の端々に作為が滲む。相手の事情を聞いているようで、最終的には「でもやってほしい」に帰着する。

こうした小さな積み重ねが、技術部門の中に静かな反発心を育てていた。Oさんが見落としていたのは、相手の「感情」だった。

「相談する」に切り替えた

Oさんが試みたのは、シンプルな転換だった。

「やってほしい」ではなく、「ちょっと困っているんだけど、相談に乗ってもらえないか」というスタンスで話をするようにした。

結論を持ち込むのではなく、一緒に結論を探すコミュニケーション。場合によっては、相手が断る権利もあると認める余裕を持つ。相手を言い負かすのではなく、こちらの事情を正直に伝えて、力を貸してもらう。

加えて、Oさんは日頃の関わり方も変えていった。特別なことではない。笑顔で挨拶する。何気ない会話で声をかける。技術部門の仕事に関心を持つ。「自分に関心を持ってくれている」と感じると、人はその相手に好意を持ちやすくなる。小さな接触の積み重ねが、関係性の土壌を変えていった。


「しょうがねえな。」

しばらく経ったある日、Oさんが新規案件の相談を持ちかけたとき、技術部門の反応が変わった。

「しょうがねえな。」

そう言いながらも、部門内や協力会社を調整し、段取りをつけてくれたのである。

「しょうがねえな」は、決して渋々の承諾ではない。「お前が言うなら、一肌脱いでやるか」という信頼の表れだった。Oさんと技術部門のあいだに、それまでなかった関係性が生まれていたのである。

Oさんも変わった

変わったのは技術部門だけではない。Oさん自身も変わっていった。

技術部門の人手不足の状況を理解し、案件の契約にも工夫を加えた。期末までに対応できる範囲のサービスを提供し、残りは来期以降に納品する形で顧客の納得を得る。技術部門の負担が過剰にならないよう配慮しながら、情報共有を密にして一緒に取り組んでいったのである。

かつてのOさんは、「技術部門が協力してくれない」と嘆いていた。しかしいまのOさんは、営業と技術が一つのチームとして顧客に向き合う動き方を、自然に実践している。自分の数字だけを追うのではなく、組織全体で成果を出すことに意識が向いている。

この事例が示すもの

部門間の壁。多くの企業が「構造的な問題」として諦めかけている課題である。しかしこの事例は、その壁が一人の営業マンの「話し方」の転換から動き始めたことを示している。

Oさんが変えたのは、大げさなことではない。「やってくれ」を「相談に乗ってくれ」に変えた。相手をコントロールする対象ではなく、一緒に解決策を探すパートナーとして向き合うようにした。日頃の何気ない声かけを増やした。それだけのことである。

しかし、この「それだけのこと」が驚くほど難しい。自分の目標を抱えているとき、相手の事情に配慮する余裕はなかなか持てない。自分のやり方が正しいと思っているとき、そのやり方が相手の反発を招いていることに気づくのは難しい。自分の認知のバイアスに気づくことが、巻き込み力の出発点なのである。

組織変革というと、全社的なプロジェクトや大掛かりな施策を思い浮かべがちだ。しかし実際には、現場の一人ひとりの関わり方が変わることで、組織は動き出す。Oさんの変化は小さく見えるかもしれない。しかし、営業と技術のあいだに生まれた「しょうがねえな」という一言の中に、組織が変わる瞬間の本質がある。

仕事の進め方を少し変えるだけで、関係性は変わる。関係性が変われば、成果は変わる。巻き込み力とは、そういう力である。